「では、泊まれないという理由でも?」
「そっ そんなコトは」
泊まれないという理由などはないが、泊まらなければならないという理由もないワケで……… ようは、どのような理由もないワケだ。
「ならば、泊まられるといい」
そう言って、慎二が目で合図をする。幸田が一礼して部屋を出た。
「あのっ」
昨日も帰ってない。二晩続けて帰らなければ、さすがに母も気にするだろう?
―――― 気にしないかも
上目遣いに思い直し、だがやはり帰った方が良いとは思うものの、それをどう説明すればよい?
昨日も帰っていないので、などと言えば、理由を尋ねてくるかもしれない。
理由など、答えられるはずがない。
口をパクパクとさせながら何も言えないそんな姿に、慎二は朗笑した。
「ゆっくりされるといい」
―――――― うっ
明眸皓歯
女性の美しさを表現するのに使われる言葉だが、今の慎二にもピッタリなのでは。
少し上がった目尻の、細い瞳の切れた光。だがそれは、相手を射抜くというよりはむしろ、射止めるといった方が正しいだろう。
―――― いっ 射止めるぅ?
なっ ななっ なっ なっ 何を私は―――――
「どうかしましたか?」
オロオロと勝手に慌てる美鶴を、不思議そうに見つめる慎二。
「どっ どっ どうしてですか?」
「はい?」
主語も述語も伴わない、なんとも不躾な問いかけ。相手が目を丸くするのも、理解できる。
「どうして、その、泊めてくれたり」
そもそも、最初からこの男性は、不可思議なほどに親切だ。火事後の世話をしてくれ、日用品から学生生活に必要な品まで揃えてくれた。
知り合いだと言っても、そこまで親しくするほどの間柄ではない。ないはずだろう。
「どうしてっ」
意を決してパッと口を開けた途端。
「失礼いたします」
木崎の声。
「どうした?」
少し不機嫌そうな慎二の声に、ゆっくりと扉が開く。
「知多からお電話です」
「兄貴か?」
「えぇ」
チラリとこちらへ向けられる木崎の視線。
えっと、こういう時はやっぱ席を外すべきだろうか。でも、部屋を出たところで、いったいどこにいればいいんだろう?
トイレっとかって言ってみる? あっ でもさっき行ったばっかだから、逆に不自然か?
えっとー えっとー
「失礼いたします」
控えめなノックと共に響く声。慎二に促され入ってきた幸田が、頭を下げたまま静かに告げた。
「お部屋の準備が整いました」
たっ 助かった?
幸田の言葉に慎二は頷き、美鶴へ小さく頭をさげる。
「案内させましょう」
「はっ はい」
もう断ることはできまい。
えぇいっ! ここまできたら泊まるのが礼儀だろうっ!
そう勝手に言い聞かせ、スタコラと幸田の後を追ったのだった。
「よいのですか?」
オーディオシステムのボリュームを少しさげながら、木崎はちらりと慎二を見た。
瞼が動き、薄っすらと瞳が覗く。
「勝手に入ってくるな」
「ノックはいたしました。お気づきにならなかっただけです」
それほど大きな音で聞いていたワケではないが、聞き入っていた為であろう。木崎のノックには、まったく気づかなかった。
いや、音楽ばかりが原因ではないのかもしれない。
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